人間不安を覚えると、人肌が恋しくなるものだとか。
ストレス値がマックスになると、何らかの代償行為に走りたがるものだとか。
はたまた生命の危機を察知すると、本能的に種を残そうとするものなのだとか。
今、サンジと共に陥っている状態への理由は、ウソップにはいくらでも上げられることが出来る。
二人っきりである理由も、もちろんきちんと上げることが出来る。
……出来るはずだ。
唐突な始まりだったのだ。
いきなり現れた、シキという伝説の海賊。
同時に沸き起こった故郷の海の危機に、それを救うためのグランドライン逆走。
空を飛んで戻るという、一大スペクタクル。
……そこまでは、わくわくものだった。
災難の神様の行動は、いつだって唐突に過ぎる。
今回だって何もかも、いきなりだった。いきなりすぎた。
なにしろ、ナミが浚われ、全員がサニー号から放り出され、見知らぬ土地へと飛ばされるなんて。
このままじゃ、皆散り散りのバラバラになってしまう。
ウソップは焦った。半ば覚悟しながらも、大いに焦った。
ところが、目が覚めたらサンジの金髪が、ウソップの鼻先を擽っていた。
とりあえず一人ではない、不幸中の幸いだったなと、ほんの少しだけ胸をなで下ろした。
なにしろサンジがいるというのは、心強い。
この土地はなにやらヤバそうだし、ボディガードが欲しいと願っていたところだったのだ。
もちろんウソップだって、ナミや他の仲間たちへの心配や不安はしっかり持っている。
けれど、とりあえずは現在の状況把握だろうとも思っている。
サンジと二人で仲良く助け合い、知恵を振り絞って生き延びつつ、ナミや他の仲間と合流するのだ。
……のはずだったのに。
その「仲良く」がなぜか先程からウソップが悩んでいる状況を生み出している。
なぜ、こうなっているというのか。
今のサンジには、ウソップには、いくつも物申したいことがある。
「ンナミすわぁあん!!」
「こらっ、サンジっ……正気に返れ!!」
「ロビンちゅわあああん!!!」
「アホっ、ナミやロビンの名前を叫んだその口で、俺のものをっ……しゃぶるなッ!!」
「ぐすっ、ウソップ、ウソップ、どうしよう俺は……」
「……ぐぅっ、いきなり名前呼ぶのも、反則っ!!」
「ううっ、ウソップ……」
「俺だとはっきりわかってて、しゃぶるの厳禁!」
「だって不安なんだよ、しゃぶってると落ち着くんだよ、ウソップ……ウソップ、お願いだ」
「駄目だっつっても、やめねえ、くせ……にっ……」
藁にも縋るという言葉がある。
その言葉通りということだろうか、サンジはこの一週間、隙を見てはウソップのものをしゃぶりあげてくる。
まるで赤ん坊が母の乳房に吸い付くが如くの執拗さと執着で、ウソップのものから口を離そうとはしない。
口を離すときは、ナミやロビンの名を叫び、無駄にその辺りを徘徊するだけという壊れっぷりだ。
目もイってるし、おそらく本気でサンジは壊れているのだろうと推察される。
ウソップだって人間だから、サンジの焦りはわかる。
その上サンジとは必要以上に仲良しだ。もしもサンジから、落ち着かないから抱き合いたい、ウソップの身体に縋りたいなどと提案されたら、考えないではないのだ。
でも、それには条件がある。
とうぜんウソップのことだけを考え、ウソップだけを見つめ、ウソップにだけ愛の言葉を囁くの三点セットくらいは揃えてもらわねば、割に合わない。
こんな、無理矢理衣服を剥いだりたくし上げたりして、ピンポイントでウソップ自身にむしゃぶりついて、ちゅぱちゅぱちゅくちゅく、吸ったり甘噛んだり啜り上げたり……。
……そんなの。
…………気持ちいいじゃないか。
い、いや待て、ナミの名を呼びながら人をイかそうとするのは、あまりにあまりだろう。
……………でも、余裕のない状態で、泣きながら縋ってくるんだから、これは要するに頼られてるってことなんじゃ?
うあ、ちょっと待て、待て、マジで待てっ……!
「イ……っ、く、……馬鹿サンジ、口、はなせ……っ!!」
「やだ」
「やだじゃ、ねえええっ!!」
結局サンジの口の中に注ぎ込んだ。
というか、どちらかといえば、ちゅうちゅうと全て吸い上げられた。
ぐったりとのけぞり倒れるウソップの上に、サンジがどさりと倒れ込んできて、何やら呟いている。
しかも、泣いているようだ。
「ウソップ、どうしよう……ナミさんとロビンちゃんが……ぐすっ、ぐすっ」
「泣きたいのは、普通俺の方だと思うんだけどな」
「だってよぅ、ウソップぅ……」
「だってじゃねえだろ」
それでも仕方がないので、ウソップは迷える子羊の黄色くて丸い頭を、きゅっと胸に抱き寄せてやった。
安心したように、浅い呼吸を繰り返しているサンジは、今だけは安らいでいるように見える。
不思議だった。
とんでもないことをされた後だというのに、どうしても、サンジが可愛く見えてしまう。
結局のところ、サンジのやつは俺様が頼りなんだなと思ったら、妙に誇らしい気持ちが胸に沸き上がってしまう。
被ったままだったヘルメットが、地面に擦れてごりりと音を立てた。
そうか、自分は今地球防衛軍なんだから、サンジの不安や焦りも防衛してやらないとな。
だって、俺はどうやら、個人的サンジ防衛軍であるらしいんだから。
人が聞いたら「惚気ですか」と首を傾げるような結論に、自分の考えを着地させ。
ウソップは、「宙」とプリントの入ったTシャツの皺を、そっと伸ばした。
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